読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

メモ:後輩へ、春の餞け

労働について

 

まず第一に、大切なのはスマートな身のこなし。

第二に、知識に裏打ちされた超然。

 

何かを話すときにはひと息おいて思案すること。ひと息どころか平気で5秒沈黙してもいい。そこで、引き付ける。沈黙したのちは決して言い淀むことなくすらすら話さなければ台無し。慌てず、話し過ぎず、反応を伺いつつ必要であれば次の手を変えていく。常にどっしり構えて、微笑。

 

最初のうちはとにかく自分を殺して、まずは「型」を覚えること。そして知識を蓄えること。これには時間がかかる。けれどもある日ある時、自分の言葉でありとあらゆることが語れるようになる。型を覚えたら、ここでもやはり慌てずに、一拍おいて仕組みを知ること。結果の伴わない、無闇矢鱈な努力には意味がない。落とし所を考えて、それに沿った最適の手法を考えること。そうして、あとは、洒落と応用。

 

全ては己が主観的世界にかかっている。何ごとも、力を抜いて、どっしり構えて、微笑たたえてやりなさい。

 

これは献身です。献身とはむやみやたらに悲しがって自分を殺すことではなく、自分の身を最大限に美しく永遠に生かすこと。

 

 

炊き出し不動尊と大晦日

大晦日の思い出について語る。

 

毎年大晦日に、蛸薬師堂で大根炊きがあるのをみなさん、ご存知だろうか?

四条通を起点に始まる新京極商店街を北に二本上がって右手にあるのが、蛸薬師堂永福寺である。普通の店と店との間に「蛸薬師如来」と書かれた赤いのぼりや提灯がひしめいている外観はちょっぴり異様だ。そこで毎年大晦日に、温かい大根の炊き出しがある。食べれば家内安全無病息災、楽しく元気な一年を迎えられるという。

 

仕事が無事に納まった翌日、大晦日の朝である。年末らしく部屋の掃除をしていたら、電話が鳴った。

「オウ、おれだよ。元気か。」

「お久しぶりです。ちょっぴり風邪を引いとりますが、おおむね良好です。」

「そうかそうか。ところで今日は大晦日だ。あれにいこう。ほら、あれだよ、えーと、炊き出し不動尊。あったかい大根を食べれば、風邪もてきめんに治るさ。日が沈む頃、鐘の前で待ってる。」

もちろん炊き出し不動尊なんていうのは京都のどこにもない。大方、大阪にある滝谷不動尊とごっちゃになっているのだろう。よくよく話を聞いたらはたして蛸薬師堂のことらしかった。特に用事もないので二つ返事で誘いに乗り、電話を切った。ちょうどいいのでここでは彼を炊き出し不動様と呼ぶことにする。

 

日が沈む頃、蛸薬師堂前に集まった。炊き出し不動様は向かいの店先のまんじゅうを見ながら懐手してボンヤリしていた。入り口で鐘を撞いてから門をくぐると、すぐ左手の大きな鍋に、輪切りの大根とおあげさんがいっぱい、豪快に湯気を立てながら煮えくり返っている。大きなかごにささやかなお布施を投げ入れると、スチロールの皿に大根ふた切れとおあげさんをひと切れ、それから出汁をたっぷり入れてもらって受け取った。冷えた手に器がとても温かくて、実にうまそうな匂いがした。

阿弥陀堂の参道はトタンの屋根で覆われており、蛸薬師如来の赤いのぼりが所狭しと並んでいる。いたるところにいろんな色の風ぐるまがさしてあり、木の壁にはなにやら教訓めいた文句が紙に書かれてベタベタと貼ってある。実際ここはずいぶん怪しいのだ。私たちはストーブの前に腰かけて、箸を割った。炊き出し不動様はおおきな大根を頬張ると、「あちっ、あちっ」と言いながら、口から大量の湯気を吐き出した。私も大根をかじった。

「うまい!」

「うん、うまい! これで厄はごっそり根こそぎ落ちた。無病息災、千客万来、長楽萬年というわけだ。2017年はぶじ安泰。めでたいね。」

出汁は味噌汁に似ていて、少し濃いめの味つけが大根にもおあげさんにもしっかりと染みてい

て本当においしい。底冷えのする大晦日の夜だが、お腹の底からぽっかりと温かい。私たちはあっという間に全部飲み込んでしまうと出汁まで丹念に味わい、ほうっと口から湯気を吐き、たいへん満ち足りた気持ちでお参りをしてから寺を出た。まっすぐ進んで寺町通に出たあと、北へと歩き出す。

 

炊き出し不動様は目を細めて言う。

「年末というのは、いいね。なんでも許してしまおうという気持ちになるね。年末だから、っていう言い訳はなにかと便利だし、うまいものがいつも以上にたくさん食える。人々も心なしか、いつもよりニコニコ顔だ。」

 「おっしゃる通り。年末万歳!」

「仕事もないし、存分、寝正月だな。」

「けれどもたったの4日しか休みがないのです。今日を抜いたらあと3日だ。うんと注意を払わないと、すぐに終わってしまいます」

「いや、考えてみろ。ふだんの休みは週に2連休しかないだろ。つまり、今回は2倍だ!」

「本当ですね、超オトク!」

 

いささか単純すぎることは否定できないが、私たちはちょっぴり明るい気分で通りを歩いた。通りの突き当たり、遠くの方にかに道楽の大きな蟹がゆっくりとハサミを上下させているのが見える。

 

炊き出し不動様がニコニコ顔でおっしゃるにはこうだ。

「きみ、ぜんぶぜんぶ気の持ちようだよ。主観的世界をいかにいいものにするか、全てはそこにかかっている。」

 「そうですね。いくらあがいたって4日からまた仕事である事実は変わらないのだ。」

「仕事は今、なにをしてる?」
「世界のようすを、注意して、ジッと観察しています。そして、これから一体どうするべきなのかをよくよく考えるのです。」

「よろしい。おれからの忠告はひとつだ。うんと頭でっかちになりなさい。ここでいう頭でっかちというのはつまり、経験より知識のほうが多いということだ。きみは若いから、知識をうんとため込まねばならん。カラッカラのスポンジは水をよく吸い込むだろう? それによく似ているね。しかしなにより大切なのは経験だ。社会において知識というのは、自由自在かつ有意義に使いこなせなけりゃ、意味がないのだ。本当の意味での実践というのは、 通常学生さんにはできんことだよ。いずれはみんな順番が回ってくるんだ。きみも残念ながら大学を卒業して、もう大人だ。順番が回ってきたからには腹を括って、しっかり鍛錬しなさい。」 
 「そうですね。観念して、鍛錬します。」

 

その日、 炊き出し不動様は、なんだかいつにもまして饒舌だった。かに道楽に突き当たると、三条通商店街をボンヤリ歩きながら話を続けた。

「きみ、大人になったら、生活を自分の力で組み立てていくためにある程度の時間を売ることは仕方がない。けれども、自分の心の豊かな部分まで売ってしまうのは悲しいことだよ。いいかい? 社会というのは、真面目な人間や繊細な人間ほど損をするようにできている。なにごとも半分くらいで聞きなさい。あまり気にしすぎるなよ。それから、何があってもどしんと構えていなさい。いついかなるときでもそこに「いる」というだけでずいぶん役割が果たせるというものだ。わけもなくどっしり構えて、頰の端にいつでもちょっぴり笑みをたたえていると尚更いい。人は、そういう人間には一目置くし信用もする。器をうんと大きくしなきゃいかんよ」

「今日は一段と含蓄があります。」

「おれはいつだって含蓄だらけだ。この腹にはね、含蓄が詰まってるんだ。」

 そう言って炊き出し不動様は突き出たお腹をぽんと叩いた。

「それにしても、2016年はいいのかそうでないのか、いまいちよくわからない一年だったなあ……。」

いろいろあった 2016年ももうあと数時間でお終いだ。来年もみんながなんだかんだ元気で、時々集まってはうまいものを食べながらくだらない昔話ができるといいなと思った。

 

地に足をつけるのはたいへん難しい。

しかし、今年24になる。今はまだ、なにがなんでも地に足つけて、日々鍛錬をしていこうと思うのだ。

私たちはいつものように六曜社に入り、珈琲啜ってから寒空の下を家路についた。 

 

 

鱸ゼミの長い夜

私が大学時代に所属していた鱸(すずき)ゼミは毎年冬になると、叡山電車の終着駅から15分ほど歩いたところのお寺を貸し切ってひと晩お祭り騒ぎをします。これはその、最後の回顧録です。

 

1年前の12月末、私たちはその因縁の寺に足を踏み入れました。定例通り、宴は和やかに開始されました。最初は大広間で3代にわたるゼミ生総勢45人が、ご飯担当班の用意してくれたおいしい手作りオードブルをつまみながら穏やかにお酒を飲むんでありますが、21時半くらい、鱸先生がお帰りになったらそれが、終わりの始まりの合図です。

まず、劣悪な業務用ウイスキーの大きいペットボトルが出てきます。私たちは「ああ、今年も始まったな」とニヤニヤします。酒飲みはたいてい決まっているので、それを見世物にしてすみっこでちびりちびりと日本酒を舐めるのがこの会の粋な楽しみ方。私たちがのんきに歓談繰り広げる一方で、酔っ払いたちはどんどん正体をなくしていきます。T先輩が大瓶を担いで仁王立ち、大広間の真ん中で大見得を切っている隣で、男への恨みつらみを噴出した挙句泣きくずれているのはMさんです。完成されつつある酔っ払いが一定数出揃ってきたところで、ゼミ長さんの大号令。壁に激突したり階段で転倒したりしながら一団はいくつもの座敷が連なる宿泊棟に移動します。布張りの廊下にあちこち残された吐瀉物のシミが、鱸ゼミの歴史を静かに物語っています。「これは2年前に◯◯先輩がつけた跡だ。そのあと彼はふすまに突っ込んでぶっ倒れ、危うく往生しそうになった」「こっちのは◯◯先輩だそうですよ。ついでに壺を割って大目玉を食らったと」などと、官僚になったり法曹になったり大きな会社に勤めたりと今や社会で立派にやっている人たちの恥ずかしい過去の話が聞けるのも醍醐味です。毎年凄惨たる有り様ですが、どうしてだか毎年鱸ゼミはこのお寺を貸し切らせてもらえるのでした。

あんまりお酒の飲めない私たちは、廊下のすみっこに据え置かれた大きな焼き物の灰皿をかこんで、ソファで悠々と高みの見物。各部屋のふすまは開け放たれ、阿鼻叫喚のようすが耳に入ってきます。煙草を吸いながら、来し方4年の大学生活についてしんみりと語りました。就職をするのは私とCちゃんだけで、あとはみんなどこかしらの法科大学院に収監されることが決まっています。なんとも頼りないそれぞれの将来に幾抹もの不安を抱きながら安酒を喰らい、ちょっと憂鬱になってきたところで突然「いかん、『ごちうさ』が始まる!」と絶叫して走り出したのはK君です。

 「なにッ!」

私たち一団はドカドカ廊下を走り抜け、誰もいない座敷のふすまをあけ放ち、コタツに滑り込みました。K君がテレビをつけました。

「間に合った!」

N君がポットから注いでくれた温かい緑茶をずるずる啜り、私たちは『ごちうさ』最終話を鑑賞しました。K君は涙ながらに拍手していました。

ごちうさ』が終わって 部屋を出ると、すでに廊下は死屍累々たる有り様です。向こうから、なにやら野太い男の歌声が聞こえてきます。

「一体なんなんだ……」

幾人もの酔っ払いを踏みつけ、恐る恐る廊下を進んでいくとその歌はどんどん大きくなっていきます。はたして、その声の主はS君でした。

S君は軍歌「抜刀隊」を大声で歌いながら、酔いつぶれた男たちが所狭しと丸太のように転がっている座敷を歩き回っています。次々踏みつけられた哀れな酔っ払いが変な悲鳴をあげても、S君はおかまいなしです。

「なんだこれ」

S君は歌うのをやめて、言いました。

「ぼくは歌でY君を勇気づけてるんだ。なあ、Y君、元気だしてくれ」

Y君は今や立派な酒精中毒者で、部屋のすみっこで丸くなって呻いていましたが、声をかけられて起き上がると畳を四つん這いで進み出しました。女の子たちは悲鳴をあげて逃げ惑います。やがて彼は這ったまま廊下に出ました。見るも悲惨な、孤独な進軍です。

「彼は、どこまでいくんだろう」

「さあ……」

Y君は長い廊下を四つん這いで進みます。トイレに向かうために部屋から出てきた同級生をあっと驚かせ、廊下に転がって動かなくなっている連中を蹂躙し、闇雲にどんどん進んでいきます。

やがて案の定彼は廊下の向こうで盛大に嘔吐し、私たちは「ウワッ」と目を覆いました。

「彼もまた、歴史に名を残したのだ」とK君。

「この床にゲロ跡を残したところで、一体何になるの?」

私が聞くと、彼は神妙な面持ちで

「もちろん、何の意味もない」

と、前を見据えたまま言いました。

 

お酒はそこそこにしてボードゲームを楽しんでいる比較的平和な部屋に混ぜてもらったり、コタツを囲んで今にも殴り合いが始まりそうなほど白熱した討論を交わしている連中をボンヤリ眺めたりしながら、私たち一団はいろんな部屋を転々としました。

  

夜中の2時を回ったところ、K君が「眠い、おれは寝る」と言い出しました。手近な誰も使っていない部屋に入ると、コタツにもぐりこもうとしました。

「 腑抜けたことを!」

「夜はまだこれからだぞ!」

「裏切り者には罰を!」

N君が叫んで、思い切り枕を投げつけました。枕は押入れの中からいくつもいくつも出てきます。それらを全部K君に投げつけてから、さらに落ちていた枕でぶちました。

N君の乱暴狼藉に、K君は「俺の眠りを邪魔するな!」と怒鳴って、枕を部屋中にめちゃくちゃに投げまくり、それを契機に大乱闘が始まりました。

「おのれ、やったな!」

「だいたいお前の論旨はいつも甘いんだ!」

「そう言うお前の指摘はいつも的はずれだよ!」

年明けのゼミが心配になる不穏な空気。

「何の騒ぎだ?」と様子を見にきた連中の顔面に次から次へと枕をお見舞いすると、にわかに始まった大枕投げ大会の参加者はどんどん増えていきます。便乗して暴れたいだけの連中も騒ぎをきいて次々駆けつけ、事態の混乱に拍車をかけました。

12畳間にひしめくようにして、誰しもが見境なく、枕を投げまくります。

 

私とCちゃんはこっそり乱闘を抜け出しました。

「暴れたら暑くなった。アイスでも買いに行こうよ」

「名案だ!」

私たちはパタパタと、草履を履いて麓のコンビニまで歩きます。寒さに震える道中で、4年間の数々の思い出や、卒業を間近に控えたさびしさ、これから自分が始める仕事のことをぽつりぽつりと話していました。ここでは詳しく語りません。未来ある大学生の前向きでちょっぴり切ない話は、こっそり大切にしまっておく方がいい気がします。

空気が澄んで、星がとびきり綺麗な夜でした。

 

アイスを買って戻ると、みんなはぐったり倒れていました。

N君はコタツに足を突っ込んで、いつの間にやらたいそう酔っ払っています。

「……ええか、なあ、宇宙というのんは、たえず、拡張を続けている。宇宙はじつは、遍在している。ちょうど、ぶどうの房みたいになっててな、宇宙と宇宙とはつねに膨らみながら接してんねん。そんなぶどうの房状になった宇宙が最終的に接続されてるのが、ジェームズ・ボンドの右乳首や」

「は?」

「ほら、お前のおるこの空間も、たえず拡張を続けてるんやで。俺たちはな、ジェームズ・ボンドの右乳首にいるんや」

「はあ」

「サッパリわからん」

わけのわからん酔っ払いの戯言を聞き流し、私はチョコレートアイスにかじりつきました。K君はいびきをかいて寝ています。

「それってどのジェームズ・ボンド?」

Cちゃんが聞くと、N君は言います。

「あれや、ダニエル・クレイグや」

「なるほど」

「アッ! きみ、その、きみがちょうど飲んでるそのぶどうジュースあるやん? それもな、ジェームズ・ボンドの右乳首」

「えっ!」

S君が裏声出して驚いて、みんなはドッと笑いました。

 

それから3時間ほど眠って、コタツの中で目覚めるとCちゃんが隣で猫のように丸くなってすやすや眠っていました。部屋を見渡すとひどい有り様です。誰かのまだ新しい吐瀉物のシミが、ヘンゼルとグレーテルがこっそり落としたパンみたいに、お手洗いまで連綿と続いています。これも一つの、くだらん歴史になるのです。

歴史の跡を追いつつ私はひとり、部屋を出ました。  

朝の8時半、まだ誰も起きていません。静まり返った廊下を歩き、そのまま散歩に行きました。

冬の空気はぴりりと冴えて、眩しい朝陽に目を細め、川のせせらぎを聴きながら山の中を歩きます。

 

昨晩、会の始まりに、乾杯の挨拶で鱸先生はおっしゃいました。

「楽しかったみなさんの大学生活もいよいよ終わりです。中には遠く離れた新天地で4月を迎える人もいるでしょう。けれどもどうか、覚えていてほしいのです。これからどんなに大変な日々が待ち構えていようとも、君たちは君たちの過ごした愉快な大学生活の些細なあれこれを決して忘れず、ときどき思い出してほしいのです。大学時代、みなさんの周りにどんな人々がいて、一緒にどんな時間を過ごしたのか。それを繰り返し繰り返し懐かしく思い返すことで、みなさんは自分自身が一体どういう人間であったかを思い出すでしょう。その時、自分は決してひとりぼっちではないということに、もう一度気づくでしょう。さびしいのはなにより身体に毒です。遠くにいたって、今ここにいるみんなが仲間であることに変わりはないのだから。どうか、それだけ忘れないでいてください。

教え子たちがいつまでも仲良く、元気に、支え合ってくれることを私は願っています」

 

私はまだ見ぬ春に思いを馳せました。ささやかに素晴らしい日々であることを願うばかりです。

もっとも大学4年の12月当時、卒業するにはまだ10単位も足りなかったのでした。迫りくる期末試験を思うと薄暗い気持ちに包まれて、きらきら輝く真新しい朝の中を、とぼとぼ引き返しました。 戻ったら吐瀉物の後始末かと思うと、よりいっそううんざりします。

 

 

メリイクリスマス

クリスマスの夜、2人は阪急河原町駅で電車を降り、高島屋の地下から外に出て、あてもなく通りをぶらぶら歩いた。灯りのともった四条通のアーケードにはクリスマスリースがぶら下がり、たくさんの人々が肩をぶつけながら行き交う。街はなんとなくクリスマスだがクリスマスらしいBGMは流れておらず、賑やかだけれど妙に静かだ。四条河原町の交差点で信号を待っていたら子どもたちがジングルベルを歌いながらスキップして去っていた。北に二本上がって、河原町通木屋町通の間をつなぐ狭い路地に入った。そこのあらゆる小窓から、人々がテーブル囲んでグラスを片手にふくふくと笑っているようすを眺めた。いくつもの窓に夜の絢爛たる団欒の景色、高瀬川はしずかに流れる。

 

私たちは祇園四条のレストラン菊水でS女史と落ち合って食事をした。S女史は私の、大学時代の悪友だ。共に苦楽を乗り越えて、辛酸舐め尽くし、毎日とにかく酔っ払い、留年を目と鼻の先に見ながらも無事に卒業という快挙を成し遂げた栄光の日々が懐かしい。卒業してからまだたったの9ヶ月だなんて信じられない。私たちはいつまでたっても、大学の頃の話ばかりするのだった。S女史は時にお母さんのように、時にお姉ちゃんのようにそばにいてくれた。S女史は今日も変わらず、頰に穏やかな笑みをたたえて静かに座っている。その内に絶えず何やら恐ろしいものが渦巻いているのを私は知っている。

レストラン菊水を出ると酒を求めて先斗町を右往左往し、木屋町通に唾を吐き捨て、長浜ラーメンの匂いをかぎながらバー・ムーンウォークになだれ込んだ。善良なる後輩・少年Hも自転車漕いでかけつけてきた。少年Hは夜勤明けの大寝坊をかまして連絡なしの大遅刻、私たちを大いに怒らせたが、「僕に挽回させてください!」と絶叫するので笑って許した。4人でくだらないことを話しているとあっという間に2時間経った。2時間制のその店を追い出された私たちが、会計の時にみんなで出しあったお金の残りを握りしめて向かうのはコンビニだ。酔った時にはなによりも、熱々の味噌汁がいい。レジの横のポットをめぐっておしくらまんじゅうしながらそれぞれ思い思いの味噌汁カップに湯を充填して、鴨川に出た。河原に一列になってしゃがみこんで味噌汁を啜りながら、街の灯りが川面に映ってきらきらしている様子をボンヤリ眺めた。

底冷えのする京都の冬だ、座っているとお尻の先からどんどん冷えがやってくる。そこですかさず胃の腑に熱い味噌汁を注ぎ込んで、ちょうど体の中で戦わせている塩梅だ。

「ねえ、」と、唐突に私は切り出す。

「眠って起きて明日がきたら、きっとまた私はあのボロアパートにいるんだ。ああ今日は四限にドイツ語があるなあ、早く準備をしないとなあと思いながら畳でゴロゴロしているうちにどんどん時間が経って、もうどう考えても四限には間に合わない時間になってしまう。潔く諦めて窓の外の雲をボンヤリ眺めていると、S女史が合鍵使って入ってくる。そのままふたりでコタツに入って、漠然とテレビをみる。だんだんお腹がすいてきて、梅乃家に電話してカツ丼をふたつ頼む。やがて届いたカツ丼に舌鼓をうってたら、今度は酒が飲みたくなってくる。コートを着込んで外に出たらあたりはもう暗くて、厳しい寒さにガタガタ震えながら私たちはスーパー恵比寿屋を目指す。買うのは決まって鬼ころしか、クリアアサヒ。それらを大切にコタツまで持ち帰ると大慌てで飲みくだし、大いに酔っ払っていると講義終わりの後輩たちがドヤドヤ押しかけてきて、夜を徹しての大宴会が始まる……。眠って起きたらきっと、そんないつもの1日がやってくる。ねえ、明日は仕事だなんて、それは嘘だよ。」

S女史はあきれて笑った。再び鴨川に目を戻すと、今度はことしの3月のことを思い出した。

 

卒業を間近に控えたあの日、京都市役所前のホテルの宴会場でゼミの鱸教授のご退官お祝いパーティーが開かれた。大変めでたい祝いの席で、ゼミ生がかわるがわるに壇上に上がり、思い思いの言葉を述べた。やがてマイクが回ってきたので、すこし思案し、私は言った。

 「ひとつの時代の終わりを、今ひしひしと感じています。同じ教室で学んだみんなが、これからまったく別の方を向いて、まったく新しいところへ踏み出そうとしているのです。

これはまさしく新造の船出。私たちの人生はやっと、始まるのです。私はきっと、社会で立派に、やっていきます。鱸先生に、立派な姿をお見せします。」

実際のところ私はその時まだ単位が出揃っておらず、卒業できるか否かの微妙な淵に立たされており、そわそわ落ち着かない日々の中にいたのだ。それでも鱸先生はいつものように、真っ赤な頬っぺたいっぱいにしわをつくってふくふくと笑ってくださった。その6日後、こちらもまた卒業が危ぶまれていたS女史と一緒に晴れて卒業が決まった。

 

あの頃、すぐ目の前に広がる新しい日々が、ささやかに素晴らしい日々であるようにと祈ってばかりいたものだ。

 

味噌汁を飲み終えると私たちは鴨川を去った。12月の末、人々は皆なんだかお祭り気分で「メリイクリスマス!」と言って笑い合い、別れる時には「良いお年を!」と手を振り合う。

私たちもご多分にもれず、ワハハと笑いながら手を振り合った。年末特有のそわそわした、なんとなく幸せなこの空気が、たまらなく好きなのだ。

来年もみんなが元気でいてくれて、たまにこうして会えたらいいなと思った。それはお昼間、きちんと八兵衛明神様に祈ったからきっと大丈夫だ。

 

いろいろあった2016年ももうおしまいだ。何かを得るためには何かを失わねばならないというけれども、はたして私が失ったものとは一体なんだったのだろうか? ああ私はもう、これ以上欲しいものなど何もないのだと考えながら家に帰って、明日の仕事のために早々と寝床に潜った。確かにいろいろあったけど、終わりにさしかかってみると、万事これで良かったのだと、すべて上々であると、ただしんみりとそう思う。ご都合主義だろうか? それでいいのだ。  

 

明日からもまた5時半に起きて、7時半に出社する。仕事が終わると疲れた身体を引きずって家に帰り、ご飯もそこそこに布団をかぶってさっさと眠る。明日の自分を守るために、毛布をぐるぐる身体に巻きつけ、できる限り長く、私は眠る。それが今の私の日常だ。

一体なんのために働くのか。それはただ、大好きな人たちと一緒においしいご飯を食べるため。ただそれだけだ。

日曜日の夜のこと

 

日曜日の夜のことです。私はひとりぼっちの寒い部屋の真ん中でぽつねんと、座っていました。細いストローで鬼ころしを吸い、わかばに火をつけ、明日の仕事のことを考えながらひどく暗澹たる気持ちで天井をボンヤリみていました。

するとそこに、とある知人から連絡が来ました。なにやら愉快な忘年会をやっているというので呼ばれるままに出かけてみたのは夜の9時を回ったところ。15分ほど電車に乗って、あやしい路地をいくつか抜けて、寒さにぶるぶる震えながらいつものバーにやってきました。

そこで私たちは極めてなごやかに、グラスをかかげました。そうして飲んだ酒の、うまいこと!

明日の仕事のことをちょっぴり気にして憂鬱になりそうなところに、負けじと酒をぐいっと飲んで騒ぐというのはたいへんいいものです。何もかもをまとめてぐっと、飲み下すのです。そうすると腹の底に一面、なにやら爽快なものが横たわる気がします。家に帰って少し眠ればまた仕事、どっこいそれがどうした、どんと来い! という気持ちです。私は単純ですから、どこからともなく渾々と、元気が湧いてきます。どんどんばりばり働くのはうまいものを食うためだ! と思います。

そうしてそれから、ほろ酔いで店を出て、わけのわからんことを好き放題にわめいてふらふらと通りを歩き、ほっぺたに冴えた夜風を浴びるのがたまらなく好きです。

すがすがしい気持ちでした。なにもかも許してしまえるような、そんな気持ちでした。

電車の座席に深く身を預けて手を振ったかれは眠そうで、なんだか菩薩のような顔をしていました。てんで散り散りになったそれぞれの明日のことを考えるとちょっぴり切ない気持ちがして、けれども私は鼻唄まじりでスキップしながら大きな月の下、家路を急ぎました。

 

有閑談義

会社を出ると、目が眩むような晴天だった。

東西をまっすぐ貫くりっぱな大通りの向こうに、ところどころ真っ赤に染まった大きな山が見える。その麓めがけて一列に並んだ信号がパッと一斉に青に変わったのを合図に、私は山の方面へ歩き出した。吐く息は白くて、マフラーをぐるぐると巻き直す。冬の晴れた日、空気は澄んで、しんしんと冷える。

気づけば街はクリスマス風味に彩られていて、道をゆく誰もが心なしかふくふくと浮かれているように見える。12月も半ばを過ぎて、なんだかんだで今年も終わろうしているのだ。なんだかいやに早くて焦るなあ、などと考えながらぺこぺこのお腹をさする。通りをずんずん歩き、北に折れて狭い路地を抜けるとその店はある。

 

ペンキのはげた白い木枠にいいかげんな薄いガラスをはめ込んだドアをちょっと開けて、店の中にすべりこむ。外とうってかわって、店の中は暖かい。ドアにつけられたベルがゆれて大げさに鳴り、店の突き当たり、大きく広げられた新聞の傍からひょっこり見慣れた顔がのぞく。

「やあ、久しぶり」

「お久しぶり!」

彼はT君と言う。大学の同級生で、奇しくも私たちは同じ仕事に就いた。言うなれば競合他社だが、私たちはたいへん仲良しだ。お互いの会社はすぐ近所にある。なんとも腐れ縁である。

ナポリタンとコーヒーを注文し、テーブルについた。

「ちょっと気を抜くと仕事というのはすぐにゴタゴタし始める……ごめんね、ずいぶん待った?」

「ずいぶん待ったよ、10時から待ってる」

「2時間半も! 何してたの?」

T君はくしゃくしゃのばらばらになった新聞を畳んでわきに追いやり、コーヒーカップの底をボンヤリと眺めると、大きな声で新しいものを2つ注文した。

「新聞を点検しながらコーヒーを飲んで、休憩しながらボンヤリして、読書をして、またボンヤリしていたら12時過ぎくらいにS君がきて、楽しく談笑をしてた」

「あきれた! 仕事は?」

「僕は最前線の外回り営業部隊だ。これは大変な仕事だろ? だから今はこうして、英気をやしなってるのさ」

「T君は英気ばかりやしなって、たいそう大事に溜め込んでいるように思うけど、それっていつ使うの?」

「今はまだその時じゃないんだよ」

「それにしても昼間にのんきに新聞読むとはこれ如何に」

あきれた私はT君をからかう。

「どういうこと?」

「日の出前に起きて、眠っている間に世界じゅうで起こったことを頭に入れなくちゃあ私たちの仕事はできないよ。新聞は朝の早くに読むべきです」

するとT君はぼそぼそこんなことを言う。

「君は相変わらずばかだなあ、あんまり早くに起きると健康に悪いだろ。それに、知ってるかい? 新聞がやけに分厚いのは広告のせいなんだよ。新聞ってのは広告より本文の方が多くなきゃいけないだろ? それなのに昔に比べて広告をたくさん載せなきゃならなくなったからねえ。だから朝刊は40面にも膨れ上がる。大半はとるに足らない記事だよ。ほとんどは見出しさえ追っていれば間に合う」

「おっしゃる通り」

私はテーブルの上に放置されたピースを一本抜いて火をつけ、赤いビロードの椅子に深々と身を沈めた。ああ、喫茶店で吸う煙草はどうしてこんなに美味いのか!

T君もピースに火をつけて、幸福そうに煙を吐いた。

そこにお手洗いから出てきたS君が、手を拭き拭きのお出ましである。

「君たち、僕の煙草を勝手に吸うのはやめろっていつも言ってるだろ」

「いいじゃないか、けちだな」

「Sくん! お久しぶり」

「本当にお久しぶりだ、Yちゃん、きみ、ちょっと太ったね」

おっしゃる通りすこし太って丸くなった私の顔がさらにぷうっと膨らんだのを見て、T君もS君も笑った。S君は大学院で法律を学んでいる。将来は裁判官になる、と彼は信じて努力を続ける。普段は汚い下宿か自習室に立てこもり、猛然と勉強に励んでいるが、時々夜どおしソーシャルゲームに没頭したり、お気に入りの卑猥な画像を集めたフォルダを仔細に点検してはニヤニヤしているようである。

店員さんがカチャカチャと音を立てながらコーヒーを3つ運んできた。

私たちはコーヒーカップを目の高さまでクイッと持ち上げる。コーヒーをこぼしそうになりながら、T君がいたずらっぽい目をして「乾杯」と呟いた。

こうして3人で集まっていると、まるで学生時代と変わらないように思える。

「さて、私には猶予が1時間しかないからね」

運ばれてきたナポリタンに猛然ととりかかる私をみて、T君が言う。

「昼休みが1時間しかないとはたいへん悲しいことだよ。Yちゃん、社用携帯から在席情報いじれるでしょ。戻り時間を延々伸ばせば、きみの昼休みは無限に伸びる」

「そいつは名案!」

「全くきみたちは……呆れたもんだよ。社会ってそんなんでいいのか?そんなにフンワリした感じで、日本経済は回っているのか?」

「S君、まともな神経をしてたら、ひとは週に3日と働けんよ」

「まことに然り」

「あきれた!」

 

さすがに酒こそ飲まなかったけれど私たちは大いに談笑した。学生時代の思い出は、次から次へと出てきてきりがないのだ。

冬の昼下がり、友人たちと他愛ない話をしながら煙草を吸う。

そうするとどこからともなく、1日の活力が沸いてくる。

 

人生というのはそういうものだ。良いことも悪いことも、そんなに長くは続くまい。細切れでもいい、楽しい時間をすごして、騙し騙し、社会でうまくやっていきなさい。

 

近日所感

手紙を書いては破っている。書きたいことがあるはずなのに、文章にしてみて、読み返すとまったくわけがわからない。言いたいことの半分も言えてない。出す気が失せる。読まされる方が迷惑だ。そっとしまって、なかったことにする。それを何度も繰り返す。

 

生活のために時間を切り売りするのは仕方がないことだ。それを何十年も繰り返すと、どうやら人生になるみたい。余程強い意志と努力を以ってしないとまともな生活は続けていられないように感じるけれど、それと同等に人生を終わらせるのもまた難しい。それにしても社会を作っている人たちというのはどいつもこいつもペテン師ばかりのように思う。結局のところ、余計なことは考えず、とにかく仕事をしたという「形」をつくるのが上手い人たちが世の中を回しているんだと思う。嘘ばっかりでいやになる。でもそれで社会というのは成り立っているんだ。それでお金をもらって、生活をやっていくんだ。

さらに付け加えて言えば、会社では仕事だけやっていれば許されるわけではなく、非常に政治的とも言うべき人間関係がある。これが難しい。たったの一言しくじると、やっかいなことになる。一挙手一投足に、細心の注意を払わねばならない。私は誰とも争いたくはないのに、そのへんでポコポコ、勝手にいさかいが生まれるのだ。そこらじゅうでバチバチバチバチ、すぐに火の粉が飛んでくる。「私たちが若くて可愛くてちょっと頭が弱いからっていちいち文句つけてきやがって、やーね」なんて笑い飛ばしていながらも内心ビクビク、ひどく疲れる。

 

部屋が汚くて気が滅入る。

 

生活に負けないためにはとにかく滋養強壮、特に心の滋養が大切なんである。

毎晩温かい鍋を食っている人間に勝てるわけがない。早急に手を打たねばなるまい。