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近日所感

手紙を書いては破っている。書きたいことがあるはずなのに、文章にしてみて、読み返すとまったくわけがわからない。言いたいことの半分も言えてない。出す気が失せる。読まされる方が迷惑だ。そっとしまって、なかったことにする。それを何度も繰り返す。

 

生活のために時間を切り売りするのは仕方がないことだ。それを何十年も繰り返すと、どうやら人生になるみたい。余程強い意志と努力を以ってしないとまともな生活は続けていられないように感じるけれど、それと同等に人生を終わらせるのもまた難しい。それにしても社会を作っている人たちというのはどいつもこいつもペテン師ばかりのように思う。結局のところ、余計なことは考えず、とにかく仕事をしたという「形」をつくるのが上手い人たちが世の中を回しているんだと思う。嘘ばっかりでいやになる。でもそれで社会というのは成り立っているんだ。それでお金をもらって、生活をやっていくんだ。

さらに付け加えて言えば、会社では仕事だけやっていれば許されるわけではなく、非常に政治的とも言うべき人間関係がある。これが難しい。たったの一言しくじると、やっかいなことになる。一挙手一投足に、細心の注意を払わねばならない。私は誰とも争いたくはないのに、そのへんでポコポコ、勝手にいさかいが生まれるのだ。そこらじゅうでバチバチバチバチ、すぐに火の粉が飛んでくる。「私たちが若くて可愛くてちょっと頭が弱いからっていちいち文句つけてきやがって、やーね」なんて笑い飛ばしていながらも内心ビクビク、ひどく疲れる。

 

部屋が汚くて気が滅入る。

 

生活に負けないためにはとにかく滋養強壮、特に心の滋養が大切なんである。

毎晩温かい鍋を食っている人間に勝てるわけがない。早急に手を打たねばなるまい。

それからの話

いろんなことがあってからもうずいぶん長い時間が経ってしまった。

このブログだって存在すら忘れていた。過去の記事をすべて読んだら、すこしだけあの頃に近づいた気がした。私はいつだってあの頃に戻る手がかりを探している。

本当に戻りたいかと訊かれれば返答に迷うだろう。たぶん戻りたくないのが本音だ。けれども本当に特別だったのだ。私はもう二度とやってこない21歳から22歳にかけての日々に一生とらわれ続けてしまうのかな。

 

文章もめっぽう書きづらくなってしまった。以前はもっと書くべきことがたくさんあったように思う。あらゆることを考えたり感じたりするのをやめてからしばらく経つ。私の日々に以前のような鋭い輝きはない。

 

 せっかく何か書きたかったのに結局なんにも書けなかった。もう二度と更新することはないのかもしれない。

 

ところで、転職エージェントからメールがきた。初回面談を行うので都合のいい日を教えてくれとのことだった。少し迷ったけれど面談へは行かない。きっとどこへ行っても同じことだ、今の私のままでは。

 

感情の大きな起伏は非効率だ。何かを過剰に感じ取ったり、それに必要以上に反応したりするのはよくない。外的要因に振り回されず、また、外的要因に頼ろうとせず自分の足でしっかりと立て。耳鳴りのする静かな部屋に負けるな。何にも感じず、歯車になることに諦めを持て。

日がな一日デスクに座って仕事をこなす。それだけだ。

そうすれば生活は守られる。空っぽの、この生活は。

 

 

午前4時

ふと、ことしの5月に「セロトニン工場」名義で主宰し文学フリマにも出店した合同誌『点在』を手に取った。

開くと、一番最初に私が書いた「漠」という短篇があって、何となく読んだ。

2ページほどでやめた。




全くもって価値がないと思った。

悔しい

半年前から悔しいとばかり考えている

進歩がない

出口がない

こんなはずではなかったと、そればかり考えている

色々と限界になって実家にもどりました


おまつりをやっていて、かき氷を食べたりお菓子を釣ったりしました。
それから近所を散歩して、ブランコをこいだり、田んぼを眺めたりしていたら、もう一人暮らしの家には戻りたくないと、このままこうしていたいと、

思ってしまいました。

ある日のノート

もうそろそろ最後かもしれないので、書いておきます。

近ごろの抑うつ、倦怠感、無気力、無力感すさまじく、一方でやるべきことは山積み、どう対処してゆけば良いのか途方に暮れるばかりなのです。
あらゆることは過ぎ去りました。誰かに話そうたって無理というものです。私はひとりで、袋小路のなかです。出口がない。
半年前、1年前、1年以上前、4年も前のことを思い出しては、あのときこうしておけばよかったと、あるいは、どうすれば一番よかったのかも分からぬまま、私だって深い深い傷を負って、こうして立っています。残ったのは、ただ、無力感です。あまりにいろいろなことがありすぎて、私はいまだに混乱しています。近ごろの抑うつは、本当にひどい。何が楽しいのか、何が美味しいのか、それすら分からず、ただひたすら出口のなさ、居場所のなさに苛まれています。

もう、そろそろ、終わりの合図です。

お母さんへ。語ることはもうなにもありません。あらゆることは貴女の世界の外で、貴女の想像の範疇を越えて起こってしまいました。私だって、深く深く傷ついたのです。私からは、何一つ語ることはありません。誰に対してもそうです。私はすでに起こってしまったあらゆる出来事について、もはや語る口を持っていません。精神科医も、カウンセラーも、無駄です。

ただこの気を紛らすのは精神薬と酒。それ以外に方法は残っていません。でも大丈夫、私は何らの後悔もしていません。

実際、終わりの日は近かろうと思います。一人一人に話しておきたいことがあるので、余裕があったら書こうと思いますが、余裕がなければ、「楽しかった、サイコー」とだけ伝えてもらえれば結構です。

以上、私の口から語れることはもう何もありません。

これが、私が私らしく生きた結果です。

2015年7月11日

とある掌編

御わたピは遅刻を微塵も恐れてはいなかった。
要は、欠席がいけないのであって、遅刻がよろしくないわけではいのだ。教室にたどり着いて、席につき、先生の話をウンウンうなづいて聞く。なるほど他の学生と何ら変わりはないではないか。御わたピは遅刻を微塵も恐れてはいなかった。彼女は悠々と、且つ颯爽と授業が始まって久しい教室に現れ、前でも後ろでもない、どこでもない席に陣取ると、その明晰な頭脳でスッと先生の話に追い付き、他の学生の群れに何の違和感もなく溶けこんでいく。これが、彼女の日常である。
これは真理であるから筆者は何度だって繰り返すのであるが、欠席がいけないのであって、遅刻がいけないわけではないのだ。皆さん是非とも覚えておいて頂きたい。
そして同時に、如何に友達が少なかろうが、それも微塵も恐るるに足りない。

御わたピが遅刻をやめられない大きな理由として、彼女の大腸が挙げられる。
大学にいこうとすると、まず大腸が緩やかな自己主張を始める。「そんなのやめとこうよ~おうちにいようよ~」しかし御わたピは非常に意思の強い人間であるから、数ある臓器のうちのひとつの意見など気にしない。御わたピの身体は完全なる民主主義を採っており、その行動は常に多数決で決められる。数多くのその他の臓器が「大学に行きたくない」と言い出さない限り、御わたピは大腸ひとつの意見を無視し、その強い意志で以て大学へと向かおうとする。
しかし、いつも通り大学へと向かおうとする意思の発現、ないしそれが叶って無事大学に着いた際、大腸の激しい自己主張――反撃――は始まるのである。
これが、手に負えない。あり得ない力でのデトックスである。御わたピはほとんど抗えない力でトイレへと連れ込まれる。大学のトイレ、家のトイレ、場所はどうであれ大腸に監禁されてしまう。大腸がすべて悪い。嗚呼、神様。今日もお腹が痛いです。
大腸の反撃が収まるまで、教室は遥か遠い。これがひどい現実であり、受け入れざるをえない悲劇なのである。お陰で彼女の大腸はたいてい非常に綺麗であり、これは間接的に大学のお陰と言ってよい。

文フリ雑感

5月4日、東京。
文学フリマが終わった。

ここまでの道のりは正直とても長かった。なにもわからないまま始めてしまったので、何をどうやっていいやらもわからず、一つ一つのステップが非常に困難だった。
みんなが忙しい中、あたふたと準備をして、文フリ当日に納品が間に合わないかもしれないレベルのスリルも味わった。私もなけなしの時間を削って、やれるだけのことはやったつもりです。ただひとつ、言えること、
セロトニン工場は、ブラック企業です。

必要に応じて行われたSkypeでの話し合いは、毎回話し合いというか言葉での殴り合いで、私も何度か泣いた。繰り広げられる相互批評は時につらく、というかつらいことが主だった。その間、原稿は迷走し、今回寄稿した「漠」のプロットをグシャグシャにした幻の激ヤバ原稿まで出来た(皆に袋叩きにされ、速攻で削除)。

とにかく道のりは長く、本当にしんどかったのである。

そして、当日。

こんな感じの通常運転で、20部売れれば上出来っしょ~wなど言いながら会場入りし、haneくん持参の高級インドシルクをブースに敷いて、私がクソダサいPOPを書いて、開場。


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開場12分、7部売れる。
会場に来られない浮遊感くんに、リアルタイムで売れた数を伝えていたのだけれど、思った以上に売れた。どんどん捌けた。ブースの私の目の前で、知らないひとが、私の文章を読んでいる。初めて味わうドキドキだった。売れたときは、逐一嬉しかった。

そんなわけで、開場三時間半、大幅に時間を残して我々セロトニン工場が世に放った孤独、「点在」は全て、それぞれ孤独な人々の手に渡っていった。あとに残ったのは、例のインドシルクだけだった。


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午後5時。文学フリマ終了。

アイドルマスターの某曲の歌詞
「一人では出来ないこと 仲間となら出来ること」
がふと頭をよぎった。

みんなでぶつかり合って、それぞれの今ある「孤独」を形に出来て、本当によかった。

お陰さまで完売御礼のセロトニン工場「点在」、おそらく増刷です。
一人でも多くの方に読んでいただけたら、と思います。

最後に。
セロトニン工場」として、このメンバーで冊子を作るのは最初で最後にしようと思っています。一回性の美しさ、のようなものを大切にしたいという、私の勝手な考えです。
このメンバーで作れてよかったと、心から思います。
そしてそんな私たちの孤独を買ってくれた皆様に、心から感謝します。ありがとうございました。