心の準備をはじめる。

ニャンがうちに来てからひと月が経った。
ずっとうちにいるわけじゃないから、名前をつけずにいようと思って、「ねこざえもん」「ミケえもん」「ミャーゴン」「ニャン」等呼んでいたら、いちばん呼びやすい「ニャン」が定着してきて、それのもつ意味がやがて普通名詞から固有名詞に変わり、というかもう名前がどうとか飛び越して、愛着が沸きすぎて全部無意味になってしまった。
手放したくないのだ。全然、いやだ。

とは言っても、うちのアパートはペット禁止なので、コッソリ飼っていてもしばれたら困る。引っ越すお金はない。後々ばれた時、大きくなってから里親を探すのは困難かもしれない。それに、七畳のワンルームは成猫には狭いだろうし、私は独り暮らしだから、長く家を空けたときに、ニャンがひとりぼっちになってしまう。いろんなリスクを考えても、大きくなったときのことを考えても、ニャンのためを想っても、早めに手放すのが最善だと思うし、それが実際ただしいのだ。

そんなわけで、凄まじく冷徹に、理性を使って、ニャンを里親さんのところへ届けに行く。8月の、第二週にしよう。詳しい日にちをちゃんと確定して、明日、小さいケージを買おう。新幹線で、届けるのだ。
さようならも、心の準備がないといけない。今日から始める。

この頃ニャンはめっぽうやんちゃで、コードを噛みカーテンと戦い、畳の上を走り回り、積み上がってる本の上に登って落ちたり、セロトニン工場にて七面六臂の大活躍をしている。
寝ころんで、ねこじゃらしを振り回しながら本を読んだりツイッターをしていると、ニャンはポヨンポヨンと跳ねまわっている。
油断をしてると顔めがけて飛びかかってくるから危ない。お腹にタックルされたりもする。顔を舐められると、舌がざらざらしているので少し痛い。爪は鋭利でかなり痛い。
ご飯の準備をしたり食器をあらったりしていると、足元に来てこちらの顔を見上げながらニャアニャア鳴く。トイレまで付いてこようとするから困る。
ご飯をたべる量は日に日にふえて、トイレは決められた場所でちゃんとする。

畳のへやだから、ニャンと目線が近くなりやすいので良かった。

拾ってから最初の2週間、目があき、少しずつ歩くようになる過程は、本当にしんどかった。病院代がかさんだ。ミルクを小分けにあげなきゃいけない、大学、昼のバイト、夜のバイト、疲れはてた。少数精鋭のひとたちに助けてもらいながら、なんとか毎日体重をふやした。ネズミだかなんだかよくわからない生き物から、ぶじ、猫になった。

今、ニャンはひとしきりあばれ終わって、寝ころぶ私の上で眠っている。私の首のところに、ニャンの頭があって少しくすぐったい。
ニャンがもらわれていくおうちはとても良いおうちだから、何の心配もないのだ。
愛され、先輩猫と仲良く、のんきに幸せに暮らして欲しい。
静かな気持ちだ。