有閑談義

会社を出ると、目が眩むような晴天だった。

東西をまっすぐ貫くりっぱな大通りの向こうに、ところどころ真っ赤に染まった大きな山が見える。その麓めがけて一列に並んだ信号がパッと一斉に青に変わったのを合図に、私は山の方面へ歩き出した。吐く息は白くて、マフラーをぐるぐると巻き直す。冬の晴れた日、空気は澄んで、しんしんと冷える。

気づけば街はクリスマス風味に彩られていて、道をゆく誰もが心なしかふくふくと浮かれているように見える。12月も半ばを過ぎて、なんだかんだで今年も終わろうしているのだ。なんだかいやに早くて焦るなあ、などと考えながらぺこぺこのお腹をさする。通りをずんずん歩き、北に折れて狭い路地を抜けるとその店はある。

 

ペンキのはげた白い木枠にいいかげんな薄いガラスをはめ込んだドアをちょっと開けて、店の中にすべりこむ。外とうってかわって、店の中は暖かい。ドアにつけられたベルがゆれて大げさに鳴り、店の突き当たり、大きく広げられた新聞の傍からひょっこり見慣れた顔がのぞく。

「やあ、久しぶり」

「お久しぶり!」

彼はT君と言う。大学の同級生で、奇しくも私たちは同じ仕事に就いた。言うなれば競合他社だが、私たちはたいへん仲良しだ。お互いの会社はすぐ近所にある。なんとも腐れ縁である。

ナポリタンとコーヒーを注文し、テーブルについた。

「ちょっと気を抜くと仕事というのはすぐにゴタゴタし始める……ごめんね、ずいぶん待った?」

「ずいぶん待ったよ、10時から待ってる」

「2時間半も! 何してたの?」

T君はくしゃくしゃのばらばらになった新聞を畳んでわきに追いやり、コーヒーカップの底をボンヤリと眺めると、大きな声で新しいものを2つ注文した。

「新聞を点検しながらコーヒーを飲んで、休憩しながらボンヤリして、読書をして、またボンヤリしていたら12時過ぎくらいにS君がきて、楽しく談笑をしてた」

「あきれた! 仕事は?」

「僕は最前線の外回り営業部隊だ。これは大変な仕事だろ? だから今はこうして、英気をやしなってるのさ」

「T君は英気ばかりやしなって、たいそう大事に溜め込んでいるように思うけど、それっていつ使うの?」

「今はまだその時じゃないんだよ」

「それにしても昼間にのんきに新聞読むとはこれ如何に」

あきれた私はT君をからかう。

「どういうこと?」

「日の出前に起きて、眠っている間に世界じゅうで起こったことを頭に入れなくちゃあ私たちの仕事はできないよ。新聞は朝の早くに読むべきです」

するとT君はぼそぼそこんなことを言う。

「君は相変わらずばかだなあ、あんまり早くに起きると健康に悪いだろ。それに、知ってるかい? 新聞がやけに分厚いのは広告のせいなんだよ。新聞ってのは広告より本文の方が多くなきゃいけないだろ? それなのに昔に比べて広告をたくさん載せなきゃならなくなったからねえ。だから朝刊は40面にも膨れ上がる。大半はとるに足らない記事だよ。ほとんどは見出しさえ追っていれば間に合う」

「おっしゃる通り」

私はテーブルの上に放置されたピースを一本抜いて火をつけ、赤いビロードの椅子に深々と身を沈めた。ああ、喫茶店で吸う煙草はどうしてこんなに美味いのか!

T君もピースに火をつけて、幸福そうに煙を吐いた。

そこにお手洗いから出てきたS君が、手を拭き拭きのお出ましである。

「君たち、僕の煙草を勝手に吸うのはやめろっていつも言ってるだろ」

「いいじゃないか、けちだな」

「Sくん! お久しぶり」

「本当にお久しぶりだ、Yちゃん、きみ、ちょっと太ったね」

おっしゃる通りすこし太って丸くなった私の顔がさらにぷうっと膨らんだのを見て、T君もS君も笑った。S君は大学院で法律を学んでいる。将来は裁判官になる、と彼は信じて努力を続ける。普段は汚い下宿か自習室に立てこもり、猛然と勉強に励んでいるが、時々夜どおしソーシャルゲームに没頭したり、お気に入りの卑猥な画像を集めたフォルダを仔細に点検してはニヤニヤしているようである。

店員さんがカチャカチャと音を立てながらコーヒーを3つ運んできた。

私たちはコーヒーカップを目の高さまでクイッと持ち上げる。コーヒーをこぼしそうになりながら、T君がいたずらっぽい目をして「乾杯」と呟いた。

こうして3人で集まっていると、まるで学生時代と変わらないように思える。

「さて、私には猶予が1時間しかないからね」

運ばれてきたナポリタンに猛然ととりかかる私をみて、T君が言う。

「昼休みが1時間しかないとはたいへん悲しいことだよ。Yちゃん、社用携帯から在席情報いじれるでしょ。戻り時間を延々伸ばせば、きみの昼休みは無限に伸びる」

「そいつは名案!」

「全くきみたちは……呆れたもんだよ。社会ってそんなんでいいのか?そんなにフンワリした感じで、日本経済は回っているのか?」

「S君、まともな神経をしてたら、ひとは週に3日と働けんよ」

「まことに然り」

「あきれた!」

 

さすがに酒こそ飲まなかったけれど私たちは大いに談笑した。学生時代の思い出は、次から次へと出てきてきりがないのだ。

冬の昼下がり、友人たちと他愛ない話をしながら煙草を吸う。

そうするとどこからともなく、1日の活力が沸いてくる。

 

人生というのはそういうものだ。良いことも悪いことも、そんなに長くは続くまい。細切れでもいい、楽しい時間をすごして、騙し騙し、社会でうまくやっていきなさい。