メリイクリスマス

クリスマスの夜、2人は阪急河原町駅で電車を降り、高島屋の地下から外に出て、あてもなく通りをぶらぶら歩いた。灯りのともった四条通のアーケードにはクリスマスリースがぶら下がり、たくさんの人々が肩をぶつけながら行き交う。街はなんとなくクリスマスだがクリスマスらしいBGMは流れておらず、賑やかだけれど妙に静かだ。四条河原町の交差点で信号を待っていたら子どもたちがジングルベルを歌いながらスキップして去っていた。北に二本上がって、河原町通木屋町通の間をつなぐ狭い路地に入った。そこのあらゆる小窓から、人々がテーブル囲んでグラスを片手にふくふくと笑っているようすを眺めた。いくつもの窓に夜の絢爛たる団欒の景色、高瀬川はしずかに流れる。

 

私たちは祇園四条のレストラン菊水でS女史と落ち合って食事をした。S女史は私の、大学時代の悪友だ。共に苦楽を乗り越えて、辛酸舐め尽くし、毎日とにかく酔っ払い、留年を目と鼻の先に見ながらも無事に卒業という快挙を成し遂げた栄光の日々が懐かしい。卒業してからまだたったの9ヶ月だなんて信じられない。私たちはいつまでたっても、大学の頃の話ばかりするのだった。S女史は時にお母さんのように、時にお姉ちゃんのようにそばにいてくれた。S女史は今日も変わらず、頰に穏やかな笑みをたたえて静かに座っている。その内に絶えず何やら恐ろしいものが渦巻いているのを私は知っている。

レストラン菊水を出ると酒を求めて先斗町を右往左往し、木屋町通に唾を吐き捨て、長浜ラーメンの匂いをかぎながらバー・ムーンウォークになだれ込んだ。善良なる後輩・少年Hも自転車漕いでかけつけてきた。少年Hは夜勤明けの大寝坊をかまして連絡なしの大遅刻、私たちを大いに怒らせたが、「僕に挽回させてください!」と絶叫するので笑って許した。4人でくだらないことを話しているとあっという間に2時間経った。2時間制のその店を追い出された私たちが、会計の時にみんなで出しあったお金の残りを握りしめて向かうのはコンビニだ。酔った時にはなによりも、熱々の味噌汁がいい。レジの横のポットをめぐっておしくらまんじゅうしながらそれぞれ思い思いの味噌汁カップに湯を充填して、鴨川に出た。河原に一列になってしゃがみこんで味噌汁を啜りながら、街の灯りが川面に映ってきらきらしている様子をボンヤリ眺めた。

底冷えのする京都の冬だ、座っているとお尻の先からどんどん冷えがやってくる。そこですかさず胃の腑に熱い味噌汁を注ぎ込んで、ちょうど体の中で戦わせている塩梅だ。

「ねえ、」と、唐突に私は切り出す。

「眠って起きて明日がきたら、きっとまた私はあのボロアパートにいるんだ。ああ今日は四限にドイツ語があるなあ、早く準備をしないとなあと思いながら畳でゴロゴロしているうちにどんどん時間が経って、もうどう考えても四限には間に合わない時間になってしまう。潔く諦めて窓の外の雲をボンヤリ眺めていると、S女史が合鍵使って入ってくる。そのままふたりでコタツに入って、漠然とテレビをみる。だんだんお腹がすいてきて、梅乃家に電話してカツ丼をふたつ頼む。やがて届いたカツ丼に舌鼓をうってたら、今度は酒が飲みたくなってくる。コートを着込んで外に出たらあたりはもう暗くて、厳しい寒さにガタガタ震えながら私たちはスーパー恵比寿屋を目指す。買うのは決まって鬼ころしか、クリアアサヒ。それらを大切にコタツまで持ち帰ると大慌てで飲みくだし、大いに酔っ払っていると講義終わりの後輩たちがドヤドヤ押しかけてきて、夜を徹しての大宴会が始まる……。眠って起きたらきっと、そんないつもの1日がやってくる。ねえ、明日は仕事だなんて、それは嘘だよ。」

S女史はあきれて笑った。再び鴨川に目を戻すと、今度はことしの3月のことを思い出した。

 

卒業を間近に控えたあの日、京都市役所前のホテルの宴会場でゼミの鱸教授のご退官お祝いパーティーが開かれた。大変めでたい祝いの席で、ゼミ生がかわるがわるに壇上に上がり、思い思いの言葉を述べた。やがてマイクが回ってきたので、すこし思案し、私は言った。

 「ひとつの時代の終わりを、今ひしひしと感じています。同じ教室で学んだみんなが、これからまったく別の方を向いて、まったく新しいところへ踏み出そうとしているのです。

これはまさしく新造の船出。私たちの人生はやっと、始まるのです。私はきっと、社会で立派に、やっていきます。鱸先生に、立派な姿をお見せします。」

実際のところ私はその時まだ単位が出揃っておらず、卒業できるか否かの微妙な淵に立たされており、そわそわ落ち着かない日々の中にいたのだ。それでも鱸先生はいつものように、真っ赤な頬っぺたいっぱいにしわをつくってふくふくと笑ってくださった。その6日後、こちらもまた卒業が危ぶまれていたS女史と一緒に晴れて卒業が決まった。

 

あの頃、すぐ目の前に広がる新しい日々が、ささやかに素晴らしい日々であるようにと祈ってばかりいたものだ。

 

味噌汁を飲み終えると私たちは鴨川を去った。12月の末、人々は皆なんだかお祭り気分で「メリイクリスマス!」と言って笑い合い、別れる時には「良いお年を!」と手を振り合う。

私たちもご多分にもれず、ワハハと笑いながら手を振り合った。年末特有のそわそわした、なんとなく幸せなこの空気が、たまらなく好きなのだ。

来年もみんなが元気でいてくれて、たまにこうして会えたらいいなと思った。それはお昼間、きちんと八兵衛明神様に祈ったからきっと大丈夫だ。

 

いろいろあった2016年ももうおしまいだ。何かを得るためには何かを失わねばならないというけれども、はたして私が失ったものとは一体なんだったのだろうか? ああ私はもう、これ以上欲しいものなど何もないのだと考えながら家に帰って、明日の仕事のために早々と寝床に潜った。確かにいろいろあったけど、終わりにさしかかってみると、万事これで良かったのだと、すべて上々であると、ただしんみりとそう思う。ご都合主義だろうか? それでいいのだ。  

 

明日からもまた5時半に起きて、7時半に出社する。仕事が終わると疲れた身体を引きずって家に帰り、ご飯もそこそこに布団をかぶってさっさと眠る。明日の自分を守るために、毛布をぐるぐる身体に巻きつけ、できる限り長く、私は眠る。それが今の私の日常だ。

一体なんのために働くのか。それはただ、大好きな人たちと一緒においしいご飯を食べるため。ただそれだけだ。